いまは、おしゃれ大好きで、それなりに似合う服もわかるようになったし、ほめられることもあります。

でも学生時代の私は、超絶ダサかった。

超絶ダサかった昔のわたし

なんでこんなかっこしてたかなぁ。
その頃の写真を見ると、もうね、40代か50代かよっていう...おばさんなの。
20歳の頃、パーマかけて母親のスカートはいてる写真が残ってる。
お金がなかったから、母のもので着られそうなものは結構着ていました。
自宅から往復4時間近くかけて田舎の大学通ってたし、そもそもおしゃれな服なんて、どこにも売っていない時代でした。

かわいい服が着たいなぁ、でも売ってないし地元じゃこんなもんなのかなぁって。

だけども田舎に住んでいたとしても、インターネットで情報を得られない時代だといっても、本当におしゃれでセンスのいい人は、たぶん「装苑」とか、「ドレスメーキング」とかの雑誌を買ってきて自分で仕立てていたはず。服の型紙が付いた雑誌がその頃はけっこうあったから。

なのにわたしはミシンが大嫌い。なんで嫌いかっていうと、縫い目が曲がるのが許せなくて。
曲がったら、全部ほどいて、また縫って、ってやるからいつまでたっても仕上がらない。で、嫌いになった。

「おしゃれなんかどうでもいいわぁ。。。」

学生時代はとにかくお金がないし、門限もありで アルバイトもできなかった。だからとにかく働いてお金を貯めてどこかへ出て行きたいと思っていました。

就職した会社にあぜん、とする

ところが、就職は地元でしろ、という親の希望に逆らえず素直に地元の会社に就職。理系の専門職として入社したんですが、これが。
女だからという理由だけで、お茶汲み、コピー取り、掃除当番、給湯当番、全部しなくてはならなかった。

同期入社の男性社員はなんにもしなくてよかったんだよ〜〜、もうこれだけで、やる気なくなるわ。その上、基本給は男子より安い。同じ仕事してるのに。
さらに一般職の女性と同じ制服を着なくてはいけなくて、それも全然納得いかなかった。
当時の地方都市ってこんなもんだったのかな。女性の4大卒は、先生か公務員になれ、と言われてた時代に民間の会社に就職したのが間違いだった。

残業が月に100時間を超えた頃から、もうこの会社やめようと思いました。

 

ホコモモラジャケット

これは2000年ごろに買って、今も着ている服。ホコモモラのジャケットがすごく可愛いのです。

ただ、直属の上司が申し訳ないと思ったのか、私にコンピュータを覚えるようにしてくれました。当時まだ国産のパソコンがなくて。冷蔵庫みたいに大きなOKI電気のコンピュータで、1+1=2 みたいな簡単な計算も自分でプログラムを書くのです。最初はたいへんだったけれど今になってみれば貴重な経験で、私の財産となりました。

その頃のコンピュータって、プログラムは紙テープにパンチングされます。で、エラーが出ると、その部分を探して、ちぎって、新しく修正した部分を糊でくっつける。ものすごいアナログ。

そういう経験があるからこそ、いまこうしてちゃっちゃとパソコン作業がやれています。

 

一年後、会社を辞めて結婚しました。表向きは寿退社だけど、本音は誰がこんな会社いるもんか、でした。でもコンピュータ作業(Fortranプログラミング)を覚えられたのだけはありがたかった。あの時の上司には本当に感謝しています。

 

結婚後、就職した会社は、制服がなかった

で、結婚して、大阪にやってきて、ちょっと大きな会社に就職しました。前とは違う仕事内容だったけれど、やっぱり一応、専門職。会社には発売間もないNECの88シリーズパソコンがはいっていて、私がプログラミングができるというので、とても重宝されました。たいして役に立てなかったけど。

一般職の女性に、
「私もお茶入れますよ。」と申し出たところ、
「それは、私たちの仕事ですから、アリスアリスさんは、ご自分の仕事をなさっててください。」と言われて、びっくり。今ならごく当たり前というか。

都会の大きな会社では、こんなに違うんだって。お茶はもう今や自分で入れる会社が多いでしょう。そうでもない?

24歳のある日、突然、ファッションにどハマりした。

まあそんなこんなで嬉しくて、パッと目の前が開けたような、街の様子まで違うような。
会社は、心斎橋にあって、残業もそんなになかったので、退社後服を見て回るようになりました。心斎橋、御堂筋、ときには梅田まで足を伸ばして、服を見て歩きました。

ケイトスペードのコート

もう毎日が楽しくて嬉しくて。だって地元には、全然売ってなかったんだもの。スワンのシュークリームが食べられる喫茶店もあって、ときどきひとりでお茶しました。昼休みも時間があると服を見て回りました。

どちらかというとお堅い会社だったけれど、制服がなかったので、毎日の服は自分で準備しなくてはいけません。とても真剣に服を探し、ファッション雑誌もたくさん見ました。ジャケットとスカート、ということが多くて、スーツはそんなに着なかったかな。

中に着るシャツやブラウスがとても重要。そのうちに、赤系の色を着ていると褒められる、襟元にブローチをつけていると、いろいろ意見を言ってくれる、というようなことがあって、どんなものが似合うのかだんだんわかってきました。

 

少しずつファッションに詳しくなり、ジャケットの種類とかファッションアイテム名も、気がつくとずいぶん覚えていました。髪型も工夫し、小物やアクセサリーにも興味が湧いてきて。

24歳で都会へ行ったこと、会社に制服がなかったこと、繁華街のど真ん中に会社があったことなどで、ファッションにどっぷりと。寝ても覚めても、頭の中は服のことでいっぱい。
わたしなりのおしゃれ人生、始まり始まり〜〜なのでした.....

 

そして今どうなっているかというと...

好きな服を着るそれからあっという間に30年あまりの年月が流れました。
好みもその時々で移り変わっていって、ピンクハウス系の時代からラルフローレンぽいものへと好みが変わり、その後はプチプラをずっと愛用。そしてここ10年くらいはケイトスペードが多いかな。

でも、このブランドでなくてはというのはなくなって、似合うもの、色がきれいなものを選んでいます。
モノクロばかり着ていたこともあるけれど、歳を重ねると不思議なことに若い頃より明るいきれいな色が似合うようになるのです。これはうれしい発見でした。

そして髪の色を明るくすると、似合うものがうんと増えます!
日本人だから黒髪に戻す、という人もいるけれど、お洋服に関しては明るい髪や白髪の方がきれいな色が絶対映えるし、小顔に見える。小顔、ですよ。髪の色を明るくすると、全体に軽やかになる。ほんとです。
だから白髪が増えたって言って、真っ黒にしたりしないで明るい好きな色に染めた方がいいと思います。

というわけで、今日はここまで。