いまは、おしゃれ大好きで、それなりに似合う服もわかるようになったし、ほめられることもある。

でも学生時代の私は、超絶ダサかった。

なんであんなかっこしてたかなぁ。
その頃の写真を見ると、もうね、40くらいの田舎のおばさんなの。

超絶ダサかった 昔の私

パーマかけて、母親のスカートはいて。
お金がなかったから、母のもので着られそうなものは結構着ていた気がします。
自宅から往復3時間あまりかけて、田舎の大学通ってたし、そもそもおしゃれな服なんて、どこにも売っていない時代だったんです。

かわいい服が着たいなぁ、でも売ってないし、地元じゃあこんなもんだろうと思っていました。

ただその当時、田舎に住んでいたとしても、インターネットで情報を得られない時代だといっても、本当におしゃれでセンスのいい人は、たぶん「装苑」とか、「ドレスメーキング」)とかの雑誌を買ってきて自分で仕立てていたはず。(服の型紙が付いた雑誌がその頃はけっこうあったから。)
でもわたしはミシンが大嫌い。なんで嫌いかっていうと、縫い目が曲がるのが許せなくて。
曲がったら、全部ほどいて、また縫って、ってやるからいつまでたっても仕上がらない。で、嫌いになった。

おしゃれなんかどうでもいいわぁ。。と本気で思っていました。

学生時代はとにかくお金がないし、門限もありで アルバイトもできなかった。だからとにかく働いてお金を貯めてどこかへ出て行きたかった。

結婚後、就職した会社は、なんと制服がなかった

で、結婚して、大阪にやってきて、ちょっと大きな会社に就職しました。前とは違う仕事内容だったけれど、やっぱり一応、専門職。当時は珍しい、パソコンが使える(まだなんのソフトもない時代で、プログラミングができなくてはいけない)というので、とても重宝されて。
一般職の女性に、
「私もお茶入れますよ。」と申し出たところ、
「それは、私たちの仕事ですから、アリスアリスさんは、ご自分の仕事をなさっててください。」と言われて、本当にびっくりしました。今ならごくごく当たり前というか。

都会の大きな会社では、こんなに違うんだって。今は当然というか、当たり前になったけれども。

24歳のある日、突然、ファッションにどハマりした。

嬉しくて、パッと目の前が開けたような、街の様子まで違うような。
会社は、心斎橋にあって、残業もそんなになかったので、毎日服を見て回るようになった。心斎橋、御堂筋、ときには梅田まで足を伸ばして、服を見て歩いた。

もう毎日が楽しくて嬉しくて。だって地元には、全然売ってなかったんだもの。スワンのシュークリームが食べられる喫茶店もあって、ときどきお茶をした。昼休み、時間があると服を見て回った。

どちらかというとお堅い会社だったけれど、制服がなかったので、毎日の服は自分で準備しなくてはならない。とても真剣に服を探した。ファッション雑誌もたくさん見た。ジャケットとスカート、ということが多くて、スーツはそんなに着なかったかな。

中に着るシャツやブラウスがとても重要。そのうちに、赤系の色を着ていると褒められる、襟元にブローチをつけていると、いろいろ意見を言ってくれる、というようなことに気がついた。

少しずつ、ファッションに詳しくなり、似合うものもわかってきて、髪型も工夫し、小物やアクセサリーにも興味を持った。おしゃれ人生の始まりだった。

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